産地:フランス/シュッド・ウエスト
ぶどう品種:メルロ75%、カベルネ ソーヴィニヨン15%、カベルネ フラン10%
濃く、透けて通らない深いルビー色。リッチでありながら、エレガントな風味が感じられます。初めに洗練されたバニラのような樽の風味があり、適度にまろやかな酸味と果実味とのバランスがとれています。凝縮した果実味に由来するほのかな甘い風味はありますが、全体的にはタニックで、飲み応えは抜群です。
ステンレスタンクで28度に保ちながら発酵させます。フレンチオークの樽(新樽、1回使用樽、2回使用樽各1/3)で12ヶ月熟成、その後タンクで5〜6ヶ月寝かせます。
【生産者情報】
シャトー デ ゼサール
常にオープンマインドで新しいことに挑戦し続けるパスカルとフラヴィが父娘で手掛けるこだわりのワイン
「自分では良いワインを造っていると信じていたけれど、実際には全く造っていなかった。そうではないと気づいたんだ」
シャトー デ ゼサールはベルジュラックで1929年からワイン造りを行なう生産者です。オーナーで醸造家、世界市場への販売担当も兼ねるパスカル キュイセは、ベルジュラックの持つポテンシャルを信じて挑戦し続け、素晴らしいワインの生産者として世界的に知られるようになりました。パスカルは情熱にあふれ、時には豪快な物言いのオープンマインドな人物で、「私の工場は外にある!」、「畑に足を踏み入れなくなったときが、私がワイン造りをやめるときだ」、「私たちは、一つのものに縛られるのではなく、品質の為に良いと思ったものは全て取り入れている」等、「パスカル語録」として親しまれるほど数々の名言を生んできました。
シャトー デ ゼサールのワインはコストパフォーマンスの高さで知られていますが、それは「マイナーな産地だから価格が安い」のではなく、「常に品質向上に挑戦し続けている」ためだと言えます。これについてパスカルは、ある事件がきっかけになっていると言います。「自分では良いワインを造っていると信じていたけれど、実際には全く造っていなかった。そうではないと気づいたんだ」。
「畑で食べたメルロは、私のワインの味。そういうワイン造りがしたい」
1990年にボルドーのシュヴァル ブランの畑に行った時、そこで葡萄の実を食べて驚いたそうです。「メルロの果実味にブラックチョコレートの風味……いったいなんだこれは!」と圧倒されてしまった彼は、帰ってきて自分の畑のメルロを食べてみたところ「甘い葡萄だ……」、ただそれだけしか感じなかったそうです。しかし、それに気づいたことがすべての始まりでした。こうして、「品質は畑にあり」という信念が生まれました。
シャトー デ ゼサールでは現在、自社で所有する葡萄畑は約60haとなり、毎年のように新たな品種を植えています。近年では新しくマルベックやソーヴィニヨン グリ、ピノ ノワールの栽培を始めたそうです。オーガニック認証はあえて取得せず、リュット レゾネで対応しています。「認証を取得すると、ベト病が発生した場合、許可されているボルドー液(銅と硫黄)しか使用できない。ボルドー液は雨が降ると流されてしまうため、何度も撒く必要がある。しかし、銅は土の中に浸透して残留してしまう。これは人体や自然環境に影響を及ぼすため良くないと考えている。私たちは、普段からベト病対策用に、オーガニックの肥料を畑に必要な分だけ撒いている。そうすることで葡萄も健康になるため、病害への耐性がついているんだ」。
「ソーヴィニヨン ブランには壮大な情熱を持っている!」
シャトー デ ゼサールは、自社畑60haの内約25haにソーヴィニヨン ブランを植えています。ソーヴィニヨン ブランのアロマは、アスパラや草のようなグリーンなもの、ピーチやパイナップルなどのトロピカルなもの、白い花のような華やかなものなど、熟度によって異なる魅力があり、それが面白いのだと言います。「ある時、ニュージーランドのクラウディ ベイを飲み、ソーヴィニヨン ブランの素晴らしさに驚いた。彼らは伝統に拘らないオープンで自由な発想を持っていた。そしてこの出会いが、”世界中のどこにもないソーヴィニヨン ブラン”を造りたいという信念となった。クラウディ ベイを真似するのではなく、独自のソーヴィニヨン ブランだ」。パスカルはその時の技術でソーヴィニヨン ブランのワインを造り上げ、輸出市場で成功を収めました。「私たちのキュヴェ プレスティージュ(FB237)が、イギリスのワインマガジンに掲載され、ペサック レオニャンのワインを集めたブラインドテイスティングでNo.1になったことがあるんだ。ペサック レオニャンの特集だったのに、その中に2本だけベルジュラックのワインが混ぜられていたんだよ!」。
パスカルとフラヴィの哲学は、“常にオープンマインドで偏見を持たない”こと
パスカルがワイン造りに参加するようになった80年代、フランス国内でベルジュラックワインの市場は無きに等しい状態でした。若者がバーで飲むのはパスティスやビールばかり。そこで輸出市場に目を向け、ニューワールドを始め世界のワインに触れ、「世界中で素晴らしいワインが造られていることを知り、偏見を持たず常にオープンマインドでいることが大切だ」と悟りました。オープンマインドであることで、革新的なワイン造りが出来たとも言えます。20年以上前、ベルジュラックで誰もやっていなかったスキンコンタクトや、葡萄の酸化を防ぐために夜間に収穫を始めたのが彼らでした。今では近隣の生産者もやるようになったそうです。
パスカルの娘であるフラヴィも父親譲りの性格で「ハードワークが大好き!」というほど。「ガメイに挑戦したい!このエリアで今、栽培している赤は力強い品種ばかりだから、ガメイのようなフルーティな品種で飲みやすいワインを造りたい」、「南アフリカで収穫体験もしてみたいなあ」など、何かに挑戦したいという熱い思いが感じられます。彼女もまた、オープンマインドでワイン造りに挑戦しています。
ボルドーの陰に隠れた不遇の産地ベルジュラック
ベルジュラックは、ボルドーの中心から100kmほど東へいった場所にあります。アペラシオンの面積は、ボルドーの10分の1ほどです。14世紀頃には銘醸地として広く知られていましたが、ボルドーが自分たちに有利な特権を得て、ベルジュラックを含む上流域のワインをすぐに出荷出来ないように定めたことから、名声を失うことになります。当時は保管のための技術は発達しておらず、新しいワインほど最上とされていた時代でした。つまり、出荷が遅れれば遅れるだけ、ワインは劣化してしまったのです。
「どんなにありきたりの品質でも、ボルドーワインにはボルドーとしての市場があるが、ベルジュラックは良い品質であっても市場は無かった。だから、ネームバリューで売るのではなく、高品質かつリーズナブルな価格のワインということに重点を置くことにしたんだ。また、ベルジュラックの近隣の人とも全く違う、独自のスタイルのものを目指した。そのため隣人たちから、時には(よそ者という意味で)” オーストラリア人”とも言われたよ」。
「名前の由来」 伐採した山に若い木が育つ、それが沢山育っている状態をエサール(Eyssards)という。小さな木、森という意味。